副院長ブログ(「インシュリン物語」を読む⑫四 インスリンを理解するために その10 グルカゴン〜インシュリンの道づれ)
《インシュリン物語の続きです》
インシュリンが発見されて間もなく、これを静脈内に注射すると血糖が低下する前に一過性に血糖が高まることが見出された。
この一過性血糖上昇は肝臓に流れ込む血管の中にインシュリンを注射すると、もっとはっきりみられる。
いろんな解釈ができるが、当時インシュリン製剤の中にブドー糖を肝臓から放出させるような他の物質が混じっているのではないかと考えられた。
この仮説的物質はアメリカのマーリンによって「糖を動員するもの」という意味のギリシャ語からグルカゴンと仮に名が付けられた。
ドイツのM・ビュルゲルと、後にアメリカのE・スザーランドおよびC・コリはグルカゴンの存在を証明し、インシュリン活性を含まない強力なグルカゴンを抽出した。
1953年にはアメリカのA・スタウブ、L・シンおよびO・ベーレンスらがグルカゴンを純粋な結晶形として取り出した。
次いで、グルカゴンは蛋白に似ているが蛋白よりもはるかに小さいポリペプチドとよばれるものであって、1つの鎖の中に29個のアミノ酸が並んでいることが明らかにされた。
グルカゴンはインシュリンが作られているのと同じ膵臓ランゲルハンス島で作られている。
膵臓のグルカゴン含有量はインシュリンを作るベータ細胞を破壊したあとでもそのまま保たれるという事実や他の証拠からグルカゴンの源はランゲルハンス島のアルファ細胞であると信じられている。
グルカゴンの主な作用は肝臓から糖を動員することである。
正常動物では極めて少量のグルカゴンでも有効であるが、糖尿病動物のように肝臓の糖貯蔵が低下している動物ではグルカゴンに対する反応は小さいか、全くない。
グルカゴンの血糖上昇作用は短く、普通は20分から40分で終わってしまう。
さらにグルカゴンは蛋白からの糖形成を促進することがわかった。
これは副腎皮質ステロイドの作用を少し似かよっている。
しかし、この蛋白に対する作用を起こすためには、かなり大量のグルカゴンを何日間か注射しなければならないといわれている。
グルカゴンが生体のホミオステーシスつまり動的平衡状態の維持にはっきりした役割をもったホルモンかどうかはまだ決まっていない。
実験ではグルカゴンは血糖レベルが低い時に分泌されるという。
この所見はグルカゴンがインシュリンの拮抗物質であるというよりもむしろ、インシュリン作用の補助役であって、肝臓からブドー糖を放出させ、インシュリンによるブドー糖の体組織への流れ込み作用を助けているのではないかという概念を生んだ。
しかし、仮にこれがグルカゴンの作用だとしても、それは必ずしも不可欠というほどの重要性はもっていない。
ランゲルハンス島のアルファ細胞を破壊してもモルモットの代謝は余り変わらないし、人間を含んだ他の動物でも、膵臓剔除後はインシュリンと膵消化酵素を与えればグルカゴンがなくても代謝平衡が保たれて生きてゆけるのである。
それでもなお、グルカゴンが果たして人間の糖尿病の発生に関与しているかどうかという問題が残っている。
要するに、グルカゴンは血糖を高める働きがあるが、ランゲルハンス島のアルファ細胞の腫瘍によって糖尿病が起こったという証拠はない。
(インシュリンを出すベータ細胞の腫瘍では著しい低血糖が起こる例が実際にたくさんある。)
一方、大量のグルカゴンを動物に長期間反復注射すると、血糖が上昇し、ケトージスが起こったり、体内の糖形成が増加するなど、糖尿病に特徴的な現象が見られる、
この方法で、兎に長い間グルカゴンそ注射して糖尿病状態を起こしておくとグルカゴン注射を中止しても糖尿病状態は持続するという。
このような実験では極めて大量のグルカゴンを6ヶ月間も注射し、兎の半数が持続的な糖尿病になったという。
顕微鏡で膵臓を調べてみるとアルファ細胞の崩壊の他にインシュリンを作るベータ細胞も退化している。
グルカゴンが人間の糖尿病の発生に一役かっているかどうかは、まだ証明されていない。
(当時の)数年前までは膵臓からインシュリンを抽出すると、グルカゴンも抽出されて混じっていた。
しかし、最も新しいインシュリン製剤に含まれるグルカゴンの量は少なく、インシュリンの生物学的活性には影響しない。
グルカゴンの短い作用はインシュリンの作用が現れるまでに失われてしまい、糖尿病の治療には影響しない。
しかし今日、グルカゴンを実際に含まないインシュリンも作られている。
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グルカゴンは血中で濃度を測定することが難しかったのですが最近は測定方法が発達して色々なことがわかってきています。
インシュリン物語の中で、グルカゴンはインシュリンに拮抗するよりも補助役、というところが大切です。
血糖が低下したときにグルカゴンは分泌され、肝臓では短い時間グリコーゲンを分解して、その後糖新生を促し肝臓からグルコースを血中に放出して低血糖に対抗します。
肝臓ではその他にアミノ酸を代謝させてエネルギーを産生させます。
脂肪組織では脂肪分解を促進させ、エネルギーが溜められている臓器からエネルギーを各所にもたらし体を守ることになります。
グルカゴンによって血液循環が活発になった結果、インシュリンがエネルギーの細胞への取り込みを促します。
インシュリンの働きをまさに補助しているということです。
糖尿病の発生に関与するかどうかについては、食後に血糖が上がりすぎる状態がグルカゴンの分泌異常によるものという報告があり、糖尿病状態へ繋がっている可能性が示されています。
高血糖のときにグルカゴンが出すぎて、低血糖の時にグルカゴンが出ない、という状態が指摘されています。
本来、食後にインシュリンが分泌されて肝臓や組織にエネルギーが取り込まれていると、グルカゴンは分泌を抑えられて、肝臓からグルコースは放出されません。
インシュリンが分泌されないか出遅れると、エネルギーが取り込まれず血糖が下がらないのでグルカゴン分泌は抑えられず過剰分泌となり肝臓からも糖放出がおこりさらに血糖が上がります。
食事が入らなかったり運動したりすることで血糖が低下してきた場合、インシュリン分泌は抑制されグルカゴンが分泌されて肝臓などからエネルギーが放出されて血糖が上がるのが正常な状態ですが、
糖尿病状態ではインスリンの分泌抑制の反応が遅いためグルカゴンの分泌反応が鈍くなり低血糖が改善しづらくなります。
インスリン分泌異常だけでなくグルカゴンの分泌の異常も関わっていると考えられます。
そこに着目して治療方針を立てていく必要があります。
参考書:インシュリン物語 G.レンシャル・G.ヘテニー・W.フィーズビー著 二宮陸雄訳 岩波書店 1965年発行 1978年第12刷版
参考文献:グルカゴン測定法検証のための委員会報告―新たな測定法によるグルカゴン値は糖尿病病態の把握に役立つ 北村 忠弘, 綿田 裕孝, 長坂 昌一郎, 石原 寿光, 柴 輝男, 植木 浩二郎, 難波 光義 糖尿病2020年63巻12号p.826-834
糖尿病診療に活かすグルカゴンの理解〜基礎と臨床〜 河盛段 2019.8.31東京内科医会 内分泌代謝フォーラム〜糖尿病治療の新機軸〜