副院長ブログ(「インシュリン物語」を読む⑱一 インシュリン以前 3 神秘の扉をたたく人びと その1)
「インシュリン物語」の巻頭の歴史のところを読んでいます。
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英語文献で、糖尿病患者の尿が甘いことを記載した最初の人は、チャールズ二世の侍医で王室協会員であった英国人トーマス・ウィリス(1621-1675年)であった。
彼の糖尿病の記載は一流のもので、本疾患研究の近代の幕を切って落とした。
彼は糖尿病は古代人には稀であったことを認め、次のように述べている。
『しかし、今では、よき交際があり、主に強い生のままの酒を鯨飲しているので、多くの症例に遭遇する。』
彼は『その原因と主だった理由はほとんど何もわかっていない』ことを認め、病因に関しては、ただ『これについて憶測する』と述べている。
これらの言葉は医学の智恵の胎動の始まりの一つを示している。
正確に、彼は主病像をつかんでいる。
『この病気で苦しんでいる人びとは、飲んだり、どんな流動食を食べても、その量以上に尿をする。加うるに、常に不断の渇きといわゆる消耗熱とに悩まされている。』
彼によれば、尿は『まるで蜜か砂糖をしみこませたように驚くほど甘い。』
それで、蜂蜜の甘さを意味するラテン語から来た形容詞mellitusが名前につけ加えられた。
つまりdiabetes mellitusとは「甘い尿の奔出」である。
病気の原因に関する彼の理論は現代の概念には合わないが、彼はいみじくも、血液が濃くなることを指摘している。
彼の記載している一人の患者は、日常の飲物として20日間レーニッシュ・ワインを飲んだところ糖尿病にかかった。
糖尿病は、『リンゴ酒、麦酒やシャープ・ワインを飲み過ぎたり、時には悲嘆や長い悲しみや激情』の後で発症することがあると述べている。
アルコール飲料が糖尿病の発生と関係があるという考えにウィリスが偏したのは、身体の醗酵(今日でいう代謝)を見守って、そのいかなる不調をもなおし、予防する備えのある医師は、あたかも醸造業者かブドウ酒製造業者にもたとえられるとの彼の所信と関係がある。
彼はまた明らかに昏睡のエピソードをもった二人の婦人について記していて、『肉の消耗』が続発したと付言している。
糖尿病者の尿は明らかにその稀釈のために塩辛くなくなっていることを説き、現代の基準からは不十分ながらも、尿がどうしてそんなに甘くなるかを述べようと試みている。
本病は最初はしばしば簡単に治るが、それが治りきってしまうのは『極めて稀であり、また治ったと断じるのは困難である』とも言っている。
彼は結論した。
『その原因は非常に深くかくされているし、その起源がはなはだ深遠であるので、治ったと主張することはこの病気では極めて難しいことのように思われる。』
考察は的を得ており、論拠も患者の観察と実験から明確である。
ウィリスに次いで1756年にエディンバラを卒業したヨークシャ生まれのマシュー・ドブスンがリバプールのローヤル・インファーマリー病院で医業を営み、糖尿病の人の尿に糖が存在することを科学的に証明するまで一世紀近くが過ぎた。
この発見を報じた彼の論文はフリート街ミートル・タバーンにある有名なロンドン医学会の例会において、親友のフォザギルによって発表された。
ドブスンは糖尿病に罹っている9人を経験し、『尿は程度こそ違えいつも甘かった』と記している。
(中略)
『尿は甘い匂いがし、なめてみるとひどく甘かった。時には蜜を水でうすめたものに酷似していて、ある程度の不透明さをもっていた。しかし、全く透明でほとんど無色のことのほうがはるかに多かった。以上の変化は尿のそれ以外の性状や病気の状態に何らの変化がないときでも、しばしば見受けられた。』
彼はまた、蓋のない容器に尿をいれて放置しておくと、蒸発して粘ついてくることも指摘している。
もう一つの実験で、彼は8オンス(約230g)の血液を患者の腕から採取した。血清は尿ほどではなかったが、それでも甘い味がした。
さらにもう一つの実験で彼は2クォート(約1.9㍑)の尿を蒸発乾涸させたところ、白い顆粒状の塊が残り、それは指でつまむと簡単につぶれた。
それを酸で処理したところ、それがまさしく糖であることを化学的試験で明確に示すことができた。
さらに彼は、患者を食餌療法で改善すると尿には糖がはるかに少なくなり、残渣も『固形にはならず黒ずんでしまって、むしろ非常に濃い糖蜜に似てきた』と記している。
このことから、糖尿病者の尿には常に糖が含まれ、『この甘い物質は排泄器官(腎臓)で作られたのではなくて、その前から血清の中に存在していた』ものであるという重要は推論に達している。
これは輝かしい観察と実験と演繹であって、遂に考えを正しい方向に、すなわち、糖質や糖のもとになる食物を身体がどう処理するかという研究に向ける基本的結論に導いたのである。
彼はこの結論を、この病気の痩せる特性に結びつけて、『食物の多くの部分が完全に同化され、栄養の目的に使われる前に、腎臓から排泄される』と述べている。
ドブスンの研究には、研究の生命たる観察、実験、推論は別としても、偉大な研究者に備わっている、あの本能的な進取の気性が秘められている。
人々は何年もの間、静脈から血を採り続けた。
瀉血は多くの病気の治療としてもてはやされていた。
そしてひとりドブスンだけが、糖尿病患者でそれをやって、しかも血を舌にのせて甘味を味わうことに考え到ったのである。
(つづきます)
参考書:インシュリン物語 G.レンシャル・G.ヘテニー・W.フィーズビー著 二宮陸雄訳 岩波書店 1965年発行 1978年第12刷版