副院長ブログ(「インシュリン物語」を読む㉖一 インシュリン発見 3 成功への一歩)
「インシュリン物語」のインシュリンを発見した2人の様子を読んでいます。
只々多くの動物の命に感謝するばかりです。
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興奮の初徴は1921年7月30日に始まっていた。
「犬391番の変性膵の抽出液(リンゲル溶液-冷却)4ccを注射。」と研究ノートは記録している。
この抽出液は数日前に膵剔されていた犬410番に注射された。
これらの番号は気まぐれなつけ方であった。
注射は土曜日の朝10時15分に行われた。
犬の血糖は200mg・%から120mg・%に低下した。
次いで5ccが12時15分に注射された。
血糖は正常値に維持された。
この犬は明らかな糖尿病であることは注射前の検査で確認されている。
我々はただ、無人の大学構内の荒廃した小さな研究室で、バンティングとベストが感じたであろう得意のほどを、想像しうるだけである。
この時以来、彼らは夜を日についで働き、努力に努力を重ねた。
2人はいまや多数の実験を計画した。
もしもこの抽出物が本当に有効なものであるならば、糖尿病犬の高い血糖も低下させ得るはずであると考えた彼らは、糖尿病犬に糖分を与えて、血糖を高めておいてから抽出液を注射した。
血糖は下がった。
次いで抽出物の作製方法をいろいろ変えてみた。
遂に彼らが考案した方法によって作った膵抽出液で疑いもなく血糖を低下させることに成功した。
(中略)
最も劇的な瞬間のひとつが実験ノートの一節に見られる。
「犬92番(いまや有名なマージョリーという犬である)の血糖を、抽出液によって90mg・%以下の正常レベルに下げうるかどうかを見ることに決定。よって午前11時40分に血液を採取。110mg・%であり10ccの抽出液を静注。午後12時20分、血糖は60mg・%となる。血液は蒸留水とまぜると極めて暗色となった。午後1時、血糖は76mg・%であった。」
これはインシュリン低血糖の最初の記録である。
インシュリンが多すぎて血糖は正常以下のレベルになっている。
低血糖に伴う特殊な臨床症状が明らかにされたのはずっと後のことである。
2人の研究の中に、酸性溶液とアルカリ溶液とどちらが有効かという研究がある。
彼らは疑いの余地もなくアルカリ抽出液は無益で酸性抽出液のみ正しいということを示している。
言い換えれば、多くの研究者が陥った落とし穴を彼ら2人はうまく逃れていたのである。
新しい抽出液が膵酵素によって効力を失うかとうかを調べたのもこの時期である。
バンティングの想定では膵の諸酵素はインシュリンを破壊するだろうということであった。
膵腺の変性に導くことにより膵酵素を含まない抽出液を得ようとして、それまで膵管のやっかいな結紮方法が工夫されていた。
それは科学者達が自分の扱っている物質を理解していなかった時期の論争であったにすぎず、実際はこの方法は皮肉にも不必要であることがわかった。
すなわち酸性アルコールを抽出剤として用いることにより、膵の酵素活性はすべて抑制されたのである。
この方法により、直ちに酸性溶液に入れた膵臓全体を利用できた。
次の段階として彼らは膵抽出を他の動物で行ってみることにとりかかった。
酸性アルコールが酵素を抑制するということは事実ではあったが、膵液にはアイレチンを破壊する何かがあるのではないかと2人はまだ危惧を抱いていた。
膵管を結紮して何週間もの間、変性を待って後に貴重な神秘的なアイレチンを抽出するのは非常に手間のかかることである。
2人は牛の胎児の膵を使ってみることにした。
牛の胎児の膵ラ氏島組織は膵腺よりも先に発生するからである。
発生5ヶ月までは消化酵素の含まれない牛胎児の膵を得ることができるであろう。
2人は土地の屠殺場に行って牛胎児を入手し、膵を取り出して、インシュリンを抽出してみたところ極めて高単位のものが得られたのである。
数週間のうちに2人は牛胎児膵の抽出液はインシュリン含有量が高く、糖尿病犬の死を無限に伸ばしうることを多くの例について示した。
犬の中で最も有名なマージョリーという牝犬は、糖尿病状態のまま70日間以上も生きながらえることができた。
この間彼女の命を支えたのはバンティングとベストの方法で作られた牛胎児膵からのインシュリンであった。
2人はいまやインシュリンに関する彼らの活動の第一期の終わりにさしかかっていたのである。
彼らの完璧な協同、よきアイディアと努力によって、全世界が驚異的な業績として認めるはずのものが作り出されつつあったのである。
2人は野望と熱意に燃えていた。
そしてさらにおしすすめて彼らの抽出物を人間の糖尿病に応用しようと熱望していた。
参考書:インシュリン物語 G.レンシャル・G.ヘテニー・W.フィーズビー著 二宮陸雄訳 岩波書店 1965年発行 1978年第12刷版