副院長ブログ(「インシュリン物語」を読む㊳一 どれだけのインシュリンを? その2)
インシュリン物語を毎月少しずつ読んでいます。
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科学者たちは溶液中の多くの物質の濃度の測定やそれを乾燥粉末にした時の量を測る正確な方法を手中に持っていたが、インシュリンの測定は極めて困難な問題を孕んでいた。
一方では初期のインシュリンの真の量ではなかったし、また一方では有効な作用を呈するに必要なインシュリン純末の乾燥量は正確に秤量するには小さすぎた。
マウスに注射して低血糖による痙攣を起こすには、僅か百万分の1グラムのインシュリンがあれば十分なのである。
間もなく、インシュリン抽出物の力価を測る最もよい方法は生きているものに対するその効果をみる方法であることが明らかになった。
インシュリン力価の最初の単位は1922年にバンティング、ベスト、コリップ、マクラウドおよびノーブルによって設定された。
その説明によれば、この初期のかなり漠然とした単位は、正常の成熟家兎に注射したときに、4時間以内にインシュリン反応を起こすに足るインシュリン量として定義されている。
後にこの「家兎単位」は大きすぎると考えられ、一家兎単位の三分の一が「臨床単位」と決められた。
1926年に国際連盟の保健機構により国際標準単位が設けられた。
ヘンリー・デール卿の示唆と彼の監督下に、インシュリンの大量のストックが乾燥粉末として作られた。
このインシュリン末の力価のテストは5つの異なった検査機関で行われ、それが粉末の1ミリグラムあたりインシュリンの8「臨床単位」強を含んでいることが明らかにされた。
簡単にするために、この粉末1ミリグラムには正確に8「国際単位」が含まれていると決められ、国際標準参考品として用いられている。
この最初のインシュリン粉末は後に次々と補われたが国際単位の大きさは本質的には1926年以来変わっていない。
こうした標準化は痰に技術的な便宜のように思われるかもしれないが、実際には糖尿病者自身にふりかかってくる危険をはるかに少なくした。
そして他の生物学的製剤の標準化への刺激にもなった。
今日(当時)インシュリン製剤の力価の検定には多くの方法があるが、その大部分はまだ生体や生きた組織を使っていて、家兎とマウスが使われている。
H・P・マークスの創めた簡単な検定方法は、力価のわかっているインシュリンの一定量を空腹にした二匹の家兎の一匹の皮下に注射し、もう一匹の皮下には力価を検定したいインシュリンの溶液の一定量を注射する。
一週おいて、家兎を互いに入れかえて同じように注射する。
インシュリンの力価は、注射後の血糖値の低下の程度を力価のわかっている標準品のそれと比べて計算される。
この基本的操作は、正確な結果を得るのに必要なだけ何度か繰り返して行われる。
家兎と同様に、マウスでもインシュリン注射後の血糖値が正常時の半分くらいに下がると痙攣が起こる。
注射する量を増すと、痙攣を起こすマウスも増す。
この事実を使ってインシュリンを検定するのがマウス痙攣法とよばれるものである。
この場合も、未知の力価のインシュリンによる反応を標準品による反応と比較するのである。
マウス痙攣法によるインシュリン検定は家兎血糖法よりもさらに正確さにおいて劣ると考えられているけれども、やり方がはるかに簡単であるし、インスリンも極めて少量で足りる。
そこで、あるインシュリン製剤の力価を正確に測るには、まずマウス痙攣法でおおよその力価を調べ、これに基づいて家兎法でさらに正確な力価を決めるやり方がしばしばとられる。
インシュリンで起こる痙攣は、インシュリンを注射している人やその家族にとって特に重要な意味を持っている。
この現象の原因は何であろうか?
家兎・マウスそして犬・猫・人間を含めた多くの動物において、痙攣は血糖値がある一定レベルまで低下した時に初めて起こってくる。
脳細胞が正常の活動を営むのに必要なエネルギーを得るのは血液中のブドー糖からである。
もし脳に運ばれてくるブドー糖があるレベル以下になると、脳の働きが障害される。
動物が低血糖に陥ると、外界の環境に応じて筋肉をコントロールできなくなり、床に倒れて、やたらにはねまわる。
澱粉類や甘い物を食べさせたりグルコースの注射をしたりすると血糖が上昇して脳細胞は再び十分なエネルギー源を得て、撹乱されていた運動は元に戻る。
血糖を高め、痙攣をとめる最も速効のある方法はブドー糖を直接血中に注入することである。
ほんの数秒から数分のうちに痙攣はやみ、動物や人が意識を完全に取り戻すのを見るのは驚くばかりである。
こうして、あるいはもっと緩慢な方法で低血糖から回復した人にとって、ほんのちょっと前に非常に重大な状態に自分が陥っていたことを覚えていないことがある。
著者の一人はインシュリンで治療を受けている糖尿病者であるが、ある朝、気がついてみると食卓について妻の手でスプーンでオートミールを食べさせてもらっていた。
どうしてこんな子どもっぽいことをやっているのかを尋ねたところ、妻は彼が朝起きてから妙なことをやっていることに気付き、低血糖を起こしていることを知って朝食のオートミールを食べさせ始めたのであると言った。
彼は自分は低血糖なんかではなかったし、いまもそうではないから大丈夫だと妻に言った。
妻は言った!「それじゃどうしてパジャマの上に背広なんか着ているの?」
ここに到ってはじめて彼は自分が低血糖を起こしていたことを納得したのであった。
(この章、あともう一回続きます。)
参考書:インシュリン物語 G.レンシャル・G.ヘテニー・W.フィーズビー著 二宮陸雄訳 岩波書店 1965年発行
