副院長ブログ(「インシュリン物語」を読む㊵一 糖尿病のある人生)
残暑、お見舞い申し上げます。
お盆休み中と次の週が過ぎてしまいましたが、インシュリン物語の続きです。
ちょっと長いですが一章まるごと扱いました。
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「糖尿病のある人生」という言葉は全く正当なものである。
インシュリンは糖尿病を根治はしない。
しかし患者が正常の生存を続け、長く人生を送り得る程度に軽快させる。
そのためには、患者は決められた日常生活の簡単な規則を無視しないことを要求される。
糖尿病の治療によって正常の通りの人生を普通の長さに生きてゆけることは、医療にとっても一つの革命的なことである。
糖尿病の教育、日々の指導、そして慰安の多くは医師の手を離れて、患者自身が大半の責任を引き受けている形になっている。
これは広く認められる傾向であり、糖尿病者の大部分の場合には医師の側からも喜ばしいこととして勧められている。
イギリスの糖尿病専門医、R・D・ローレンスは早くも1925年に次のように述べている。
「(現代の=当時の)糖尿病者はそのための教育さえ受ければ、長く正常通りの人生を送り得ない理由は何もない。もちろん糖尿病のある人生はあらゆる問題について自己制御を要求されるが、その代り、実際的な不自由を感じないほどに十分にして積極的な生存が与えられる。」
糖尿病者と医師との個人的関係はまだ続いていて、極めて満足すべき状態にあるようである。
稀な急変の場合を除けば、健康な人が定期検診を受けにいくのと同様に定期的に診察を受けて生化学的検査をし、その都度経験に基づいた助言を受けている。
新しい患者と医師の関係にふれて、ローレンスは次のように述べている。
「両者にとって最もよい解決法は糖尿病専門病院を作ることである。ここでは外来患者と必要ならば入院患者について連続的な指導が十分な機構で維持され得よう。」
これは彼だけの見方ではない。
世界中の糖尿病専門医の中で、最も敬意を払われている故エリオット・P・ジョスリンもかつて次のように述べている。
「糖尿病は重大な病気であって、医師と患者との最善の努力を終始受けるに値する。糖尿病を扱った60年の臨床経験から、私は本病を厳格にコントロールして、積極的に不断の治療をすることは価値があると確信している。糖尿病のコントロールのために廉い費用で通える教育病院を創設することは、糖尿病者によりよき機会を与える。こういう病院が世界中に創設されるべきである。」
この見解は単なる教訓ではなく実例でもある。
というのは1957年2月10日に糖尿病財団に代わってニューイングランド・ディコーネス病院が管理する新しい教育病院が開設され、ジョスリンと彼の同僚たちが、糖尿病治療における指導的役割を果たす施設となったのである。
糖尿病である著者の一人はニューイングランド・ディコーネス病院の糖尿病教室の仲間入りをする機会を二度得たが、二十何人かの人が集まり、その中には両親につれられた数人の子ども達も混じっていた。
彼らは一人掛けの机について、実験台の後ろの壁には黒板があった。
これは科学教室に似ていた。
最初の聴講のときには、一人の看護婦が尿糖検査に必要な器具を持ってきた。
そのときは、尿糖はベネディクト液という透明な青い試薬で検査された。
8滴の尿を試験管に入れてこれに茶匙1杯の試薬液を加えて5分間煮沸した。
いろんな濃度のブドー糖液が皆の前で検査され、青は陰性で、緑になると少し糖があるのでちょっといけないが、赤になると強陽性で警報のしるしだと教えられた。(現在は服用中尿糖が陽性になるお薬もありますが)
これと本質的には同じテストがいま(当時)では小さな錠剤を少量の稀めた尿の中に入れるだけでできるようになっている。
錠剤が試薬の働きもする一方では、煮沸のための熱を出す働きもするのである。
また別の方法で、試薬をしみこませてある小さい紙を尿につけて、その色の変化をみるだけでただちに尿糖の程度がわかり、全く器具を要しないものもある。
時間割が配布され、これには一週間の課目と決められた時間が載っている。
注射器にインシュリンを入れて、これを注射する方法、食事の測り方とこれについての数量的な事項、身体を清潔にする方法、足を保護する方法等は看護婦と栄養士と医師をまじえてディスカッションが行われた。
ジョスリン自身も一つの講義を担当し、糖尿病を巧くコントロールした実例を挙げたり、インスリンの効果をどういうふうに重ね合わせて一日中を通じて巧くコントロールするかを、若い聴講者の実例について説明したりした。
これと似た教室が世界中の教育病院で行われていて、多くの糖尿病者のために効果的な教育プログラムを開いている。
自分の糖尿病をコントロールしつづけてゆくための基礎的な規則について学ぶには「糖尿病の手びき」が大いに役に立つ。
たくさんの医師によって、そのような「糖尿病の手引き」が出されている。
おそらく、その最初のもので最も広く読まれているものはジョスリンの「患者のための糖尿病便覧」であろう。
これはすでに十版以上を重ねている。
経験をつんだ患者にも益するところが多い。
フェルディナント・ベルトラムの「糖の病気」とローレンスの「糖尿病のある人生」はいずれもインシュリン発見後に第一版がでている。
二つとも何版かを重ねているが後者は著者が糖尿病専門家であると同時に、長い経験を持つ糖尿病者として主題に取り組んでいるのでユニークなものであろう。(日本でも糖尿病学会が編集した「糖尿病の手引き」が出版された。)
糖尿病の治療には単にインシュリンを注射しさえすればよいといいうものではなく、患者の個々人の必要に応じて、適度な規則正しい運動と食事を合わせ考えることが必要である。
しかも患者には処方された範囲内で好きな食物を選べるような可能性を与えなければならない。
ローレンスの「手引き」に記されている「単位食」体系は、アメリカやカナダで広く用いられている「交換食品」体系と共通な点が多い。
両体系とも、食品は糖質と脂肪と蛋白の比率によって分類されている。
「単位食」体系には黒い表と赤い表がある。
黒い表には糖質を含んだ食品が載せてあって、糖を10グラム含む目方(1単位)が併記されていて、(赤い表には)脂肪の量が足りない時はあとどれだけの脂肪を加えればよいかが示されている。
黒い表の1単位と、赤い表の1単位とを合わせたものが1単位食となる。
これは155カロリーであって、糖(1グラム4カロリー)、脂肪(1グラム9カロリー)、蛋白(1グラム4カロリー)とがうまい比率になるようになっている。
あとは簡単である。
たとえば1日2325カロリーを処方されている人はこれを155で割った15単位食を食べてよいことになり、これは1日何度かに分けて食べればよいことになる。
黒い表の中では自由に食品を選べるし、赤い表の中でもそうであるから単調な食生活をする必要はない。
通常は、インシュリンを使っている人では黒い表からの単位数が赤い表からの単位数より多いが、その比率は医師により適宜調整できる。
二つの表の中の食品とその量は楽に覚えられるように簡単になっている。
患者は初めのあいだは食品を一々覚えねばならないが、そのうち驚く程正確に量を判断でき、レストランでも自信をもって食事を注文できるようになるものである。
北米大陸で現在(当時)広く知られている「交換食品」体系では、普通の食品のすべてを6つのグループに分けた交換表ができている。
同じグループの間では、そこに記されていう量が同じ量の糖を含んでいて、お互い入れ換えてよい。
量の単位としては普通のティー・スプーンやテーブル・スプーンやコップなどが用いられている。
6つの交換表というのは、乳製品交換表、野菜交換表、果物交換表、パン交換表、肉交換表、油脂交換表である。
食餌を処方するとき、医師はこれらの6つの表の各々から何単位づつを食べてよいかを言っておかねばならない。
「交換食品」式は食品の種類も多い上に、どこにでもある食器を用いて測れる点で優れている。
しかし、交換表とその量は憶えにくく、いろんな食品を使いたいとすればいつも表を持ち歩かねばならない。
日常食べているカロリーの計算のためには「単位食」式がずっと簡単であろう。
医師がその責任において個々の患者に食餌を処方し、糖・脂肪・蛋白の基本的な量を決めたならば、これを以下に適切に実行するかは訓練された栄養士による患者への教育指導をまつところが大きい。
《今回は北米の食事内容に合わせた交換表でしたが、日本では日本の食品交換表があり1単位は80㌔カロリーで記載されています》
参考書:インシュリン物語 G.レンシャル・G.ヘテニー・W.フィーズビー著 二宮陸雄訳 岩波書店 1965年発行
