副院長ブログ(免疫システムを知る㉟がんと免疫、その1)
がんを攻撃できる免疫細胞はキラーT細胞やナチュラルキラー細胞(NK細胞)で、標的の細胞ごと破壊します。
がんに対する免疫細胞の攻撃力を生かした様々な治療法が研究されています。
外科手術、抗がん剤治療、放射線治療に続く第四の治療法として免疫療法は期待されています。
がんペプチドワクチンによる治療では最終的にキラーT細胞の攻撃力を利用します。
がんワクチンには予防ワクチンと治療ワクチンがあります。
子宮頸がんワクチンはがんの予防ワクチンであり、子宮頚がんをひきおこすウイルス感染を予防するものです。
がんペプチドワクチンは治療ワクチンにあたり、盛んに研究されています。
その材料はがん細胞に特異的なペプチドです。
からだじゅうの細胞は表面のMHCクラスI分子上に自己ペプチドを乗せて提示していて、がん細胞も自己細胞なので、提示されているペプチドも自己細胞なのですが、ごく少数ながら、がん細胞にだけ提示されて正常細胞には提示されないペプチドがあります。
この「がんペプチド」を探し出してワクチンとして患者さんの皮下に注射するものです。
ヒトのMHC分子の形状には多様性があるので、事前に複数のがんペプチドのなかから患者さんのMHC分子にきちんと乗るものを選び出します。
ワクチンとして使用する場合、ペプチドに加えてアジュバントと呼ばれる自然免疫を活性化する物質が必要です。
TLRなどパターン認識受容体が反応しないと樹状細胞が活性化しないからです。
ワクチンが接種されると、樹状細胞が取り込み抗原提示をして、「MHCクラスⅠ分子+がんペプチド」にくっつくナイーブキラーT細胞が抗原特異的に活性化され、活性化キラーT細胞ががん細胞を攻撃して破壊する、という流れになります。
治験では大幅にがん細胞が縮小する報告もありますが、効果のある人は10-20%といわれています。(今からおよそ10年前の統計ですが)
効く人が少ない理由としては、「がんペプチド」ががん細胞だけに提示されるとはいっても、胎生期や幼児期には正常細胞にも提示されたことのあるものが殆どだったので、正真正銘の変異ではなく、先祖返りのようなものが多く、もともと私たちのからだにあるペプチドであれば、対応するナイーブキラーT細胞は胸腺での負の選択に引っかかり淘汰される可能性が高くなります。
著しく効果のでる人では、何が起こっているかというと、接種された「がんペプチド」に類似したペプチドを攻撃できる活性化キラーT細胞が出来るからではないかと推察されています。
これらの活性化キラーT細胞は接種された「がんペプチド」を目印にがん細胞を攻撃することはできませんが、がんに提示された「がんペプチド」が変異を起こしたときに、変異ペプチドを目印にがん細胞を強力に攻撃することが出来ます。
そのため、人工的に変異を加えた「がんペプチド」を接種することも試みられています。
類似のペプチドを攻撃できる活性化キラーT細胞が出来ればそのなかにはもともとの「がんペプチド」を目印に攻撃できる活性化キラーT細胞も現れるのではと考えられています。
その他に効かない理由として、MHCクラスⅠ分子に乗るペプチドは短いため、ナイーブキラーT細胞を助ける活性化ヘルパーT細胞が充分活性化できない可能性が高いことが考えられます。
そのためMHCクラスⅠ分子に乗る短いペプチドに加えて、MHCクラスⅡ分子に乗る長いペプチドを同時に接種する試みもあるそうです。
「がんペプチド」がもとは自己ペプチドであることから、患者さんのがんゲノム(遺伝子)全配列を調べる試みが始まっています。(次回に続きます)
参考書:新しい免疫入門 自然免疫から自然炎症まで 著者:審良静男/黒崎知博