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副院長ブログ(「インシュリン物語」を読む⑪四 インスリンを理解するために その9 インシュリンの作用について、後編)

[2024.02.14]

《インシュリン物語の続きです》

インシュリン発見後30年以上たって《2021年で100年》新しい生化学に立脚したインシュリンの作用機序についての最初の学説はアメリカのコリ夫妻によって提出された。

彼らはある条件下では、ブドー糖を変化させて細胞の中にとりこむ生化学的機構つまり酵素の働きがインシュリンによって賦活されることを明らかにした。

インシュリンによるこの働きの結果、血液から細胞に入るブドー糖が増すことになる。

細胞の化学的機構網の中に入ったブドー糖はエネルギーの供給源として用いられるか、化学的に異なった形になって貯蔵されるかである。

インシュリンがないと、この機構網の中に入るブドー糖の量は細胞を維持するにさえ不十分になってしまう。

この学説は確かにインシュリン注射後の血糖レベルの低下を説明することができるし、ある程度はインシュリンの働きで細胞からのエネルギーを利用できるようになることも説明できる。

しかし、間もなく、インシュリンはいつも膵臓から出ているのに、それがこの酵素に影響するのは、かなり特殊な状況下だけに限られることがわかった。

この説明の困難さをのり切るために、アメリカのレビンはインシュリンの作用はブドー糖を変形する酵素機構の活性を高めるのではなくて、単に糖が細胞の内部に入るのを容易にするだけであるという仮説を提出した。

ひとたび糖が細胞の中に入ると、それは酵素によって攻撃され、化学的機構網の中に入り、エネルギーを放出するのに用いられる。

この概念によると、細胞の外膜は通常はブドー糖のような糖を通過させるに適した状況にない。

インシュリンはブドー糖やある種の糖に対する細胞の透過性を高めて、これらの糖が細胞内にたくさん入るようにするのである。

多くの巧妙な実験がその裏付けとなっているが、この仮説はその後に発見されたある事実を説明しない。

第一に、この仮説に基づけば、糖尿病の細胞による糖の吸収が、仮にインシュリンなしに何らかの方法で増しさえすれば、糖尿病的な代謝異常はインシュリンが無くとも「治ってしまう」であろう。

しかし、事実はそうではない。

したがって細胞膜の糖の透過性亢進の他に、インスリンは何かをしていると考えられる。

もう一つの学説の不完全さは、アメリカのD.ステットン、F.シネックスおよびM.クラールらが発見した事実によっても示された。

ステットンによれば、肝切片を用いると、インシュリンは簡単な化合物から脂肪を作る著しい効果がある。

後にこの効果は脂肪組織ではもっとはっきりしていることが示された。

この効果はインシュリンに特異的なもので、糖の代謝とは間接的な関係があるにすぎない。

シネックス、そしてほどんと同時にクラールはインシュリンが細胞内でのアミノ酸からの蛋白形成を促進することを発見した。

後にこの効果も糖の代謝とは独立に行われることが示された。

このように、過去十年余りの間《1950年代頃》、インシュリンは三大栄養素の代謝に作用し、その作用は互いに独立したもののように見られた。

これらの三つの作用にただ一つ共通なことは、それらがすべて同化的な作用であって、小さな分子から大きな分子が作られたり合成されたりする作用であること、である。

たとえば蛋白はアミノ酸から、糖は簡単な糖の分子から作られるのである。

これらの合成過程はすべてエネルギー消費を伴う。

そして細胞がこの合成を営むためにはエネルギーの供給をうけなければならない。

J.ザックスに次いでE.チェインにより提出されたいわゆる「エネルギー・レベル学説」によれば、このエネルギー供給こそまさにインシュリンの仕事なのである。

チェインは「それは、細胞が大量のエネルギーを要する代謝反応を遂行できるように細胞のエネルギー・ポテンシャルを高めるのである。」と言っている。

チェインらの実験は同化合成過程に対するインシュリンの効果を示しただけではなく、これまでわかっていなかった糖代謝の中間代謝産物の発見をももたらした。

それらは比較的簡単な構造の糖であって、筋肉や脂肪組織細胞中のその濃度がインシュリンによって増すのである。

インシュリンが細胞内の代謝過程のためのエンネルギーを作る正確な機序はまだ不明の点が多く、今後の研究によらねばならない。

しかしながら直接・間接に次々と証拠が集められていて、それらばすべてインシュリン作用の「エネルギー・レベル学説」を実証するもののようである。

インシュリン注射が糖尿病の死を防ぐという、一見単純にみえる奇跡は、代謝活動の末端にまでわたる知識の尨大な集積へと導いている。

《グルカゴンの話に続きます》

参考書:インシュリン物語    G.レンシャル・G.ヘテニー・W.フィーズビー著 二宮陸雄訳 岩波書店 1965年発行 1978年第12刷版

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