副院長ブログ(免疫システムを知る㉗経口免疫寛容)
口から入った食べ物が腸管粘膜で病原体として認識されないのはなぜか。
よく考えてみれば不思議ですね。
口から肛門まで消化管の中は体外である、と考えても良いのですが、からだに必要な栄養素や水などは粘膜から吸収されて体内に入っていきます。
腸管免疫は有害な異物は排除しますが、無害な異物は見て見ぬふりをするという高度な対応をしています。
特に異物として認識されやすい「タンパク質」が食物には含まれていますが、食物のタンパク質に対しては免疫反応が抑えられる現象を経口免疫寛容といいます。
タンパク質は抗原性がありますが、口から胃、腸と進むうちに分解され、腸で吸収されるときにはアミノ酸まで分解されて、アミノ酸には抗原性はありません。
ところが、タンパク質のなかにはアミノ酸にまで分解されずにタンパク質分子のままで腸で吸収されるものがあり、その数はかなり多いと考えられていますが、急激な免疫反応がおこらないように経口免疫寛容が働いています。
そして経口免疫寛容が成立しているタンパク質に対しては口からの摂取でなくても免疫反応が起きません。(漆職人が漆を少量食べることで漆で肌がかぶれにくくなるような例があります。)
樹状細胞が食物のタンパク質分子を取り込んだ場合、細菌やウイルスに対するようなパターン認識受容体に引っかからず、樹状細胞の活性化が起きないので抗原提示する樹状細胞に抗原特異的にナイーブT細胞が結合したとしても樹状細胞の補助刺激分子が発現していないのでナイーブT細胞はアナジー(まひ状態)となってしまうので、活性化ヘルパーT細胞も活性化キラーT細胞も誘導されず、B細胞も活性化されないので免疫応答が起こらない、という考え方があります。
誤作動の危険はありますが、(胸腺でつくられる制御性T細胞以外に)リンパ節を巡回するナイーブヘルパーT細胞のなかから制御性T細胞に分化するものの存在が報告されていて、活性化していない樹状細胞に自己抗原や食物由来の抗原が持続的に提示された場合、反応するナイーブヘルパーT細胞に非常に強く刺激が入ることとそのときのサイトカイン環境により、抗原特異的に制御性T細胞が誘導されるのだそうです。
アナジーとなったナイーブT細胞の大部分はやがて死んでいきますが一部は生き残るという話もありましたが、非常に強く刺激が入ることと、サイトカイン環境により一部が制御性T細胞として生き残ると考えられています。
腸間膜リンパ節の樹状細胞は他の部位の樹状細胞よりも特定の補助刺激分子を強く発現していて、食物由来の無害なタンパク質を抗原提示した場合、ナイーブヘルパーT細胞から制御性T細胞を誘導するということが報告されています。
(このことは腸間膜リンパ節を切除したマウスでは経口免疫寛容が成立しないことから発見されたそうです。)
腸管粘膜固有層にいるCD4陽性T細胞のうち30%が制御性T細胞といわれ、全身では10%であることに比べると腸管では極めて割合が多く、
制御性T細胞が経口免疫寛容に関わっていることは確実です。
大量のタンパク質が来るとアナジーになりますが、少量のタンパク質が吸収された場合に制御性(抑制性)T細胞によって抑制因子(インターロイキン10)が分泌され、免疫反応が抑制されることがわかり(東京大学上野川修一先生やスタンフォード大学の研究)、
順天堂大学大学院医学研究科アトピー疾患研究センターのプレスリリース(2020年8月)にも書かれていますように、経口免疫寛容を利用した食物アレルギーの治療法の研究が進められているそうです。
まだまだ解明されていないことがたくさんありますが、研究成果が少しずつ治療にいかされはじめる今日この頃です。
参考書:新しい免疫入門 自然免疫から自然炎症まで 著者:審良静男/黒崎知博
スクエア最新図説生物 第一学習社
腸間膜リンパ節の樹状細胞が、B7-H1とB7-DCを介して制御性T細胞を誘導し、食物を異物と認識するT細胞の活性化を阻害するという仕組み(理化学研究所 免疫・アレルギー科学総合研究センター 樹状細胞機能研究チームのプレスリリース)等