副院長ブログ(「インシュリン物語」を読む㉟一 新しいインシュリン その1)
「インシュリン物語」を読んでいます。
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インシュリンの純化と改良は絶えず努力され続けて、1926年までにはアメリカのジョーンス・ホプキンス大学のJ・J・アベルが純化インシュリンを結晶化させることに成功した。
もはやインシュリンが一つの蛋白であることは疑う余地もなかった。
トロントでは1929年にスコットがインシュリンの結晶には亜鉛が含まれており、亜鉛の数分子を加えることでインシュリンを結晶化させうることを示した。
もしインシュリンから亜鉛をとり除くと、乾かして粉末にしたとき非結晶型であるが、それでもその抗糖尿病力を保有していた。
「純粋なほどよい」というモットーはアベルやスコットのような生化学者に適切なものであろう。
糖尿病者と主治医たちは、別の見地から、新しい結晶インシュリンには十分満足とはいえなかった。
その純粋性により注射局所の疼痛や腫脹ははるかに少なくなったが、糖尿病をコントロールするための一日の注射回数は多くなった。
もとの、余り純粋でなかったインシュリンは、長時間作用したのである。
この純度と長時間作用とを、何とか結合する方法を見つけねばならなかった。
そして、結局、不純インシュリンにおいては、疼痛と腫脹を起こした他の蛋白が存在し、これが一方ではその作用を長くする効果があるということがわかったのである。
そこでインシュリンに、ある特殊蛋白やその他の物質を添加すればもっと効果的であろうと考えられた。
患者の立場からすれば、局所反応から解放されることも、毎日頻回注射の重荷を軽減することも共に重要であった。
しかし、1926年から29年にかけてこうした問題は認められておりながらも、効果的な進歩はなく、1936年まで待たねばならなかった。
H・C・ハーゲドルンに率いられたデンマークの研究グループが、インシュリンを、魚の精子から抽出した比較的小さな蛋白分子であるプロタミンと結合させると、作用が緩慢になり、長時間作用することを発見したのである。
こうして、いまや(当時)、一日に二回の皮下注射だけで、不純インシュリン4回注射や純性インシュリン5回注射に匹敵するコントロール効果を得ることができるようになったのである。
トロントでは、スコットとフィッシャーが、インシュリンを亜鉛と結合させることによって、インシュリンの作用を延ばそうと試みていた。
彼らはプロタミンを亜鉛のないインシュリンに加えたのでは作用は緩徐にならないことを明らかにした。
プロタミンとインシュリンの混合物に一定の比率で微量の亜鉛を加えるとインシュリンの作用をさらに一層延長できる安定した結合体ができた。
作用延長は7時間から三日間位にも及んだ。
この製剤はきわめて広く認められインスリン治療の向上に用いられた。
カナダでは、これは今日(当時)でも最も広く使われているインシュリン製剤である。
1942年のジョスリンの言葉にも、「レギュラー・インシュリンで得られた凸凹の血糖曲線がプロタミン・インシュリンでどんなに平坦化するかは確かに驚くほどである。(中略)プロタミンそして亜鉛の添加によるインシュリン作用の延長は糖尿病昏睡の発展を著しく減じさせた。(中略)たぶんアメリカの糖尿病者の50パーセントは1日1回プロタミン亜鉛インシュリンを注射することでコントロールされ得るし、またされているだろう。」
しかし医師たちは、プロタミン亜鉛インシュリン(PZI)の1日1回の注射で糖尿病をコントロールできなかった患者達の血糖が食後に急騰することに気付いた。
患者の中には睡眠中の長い飢餓の間に血糖が異常に低下し、低下したままになるものがある。
プロタミン・インシュリンでコントロールしようとした医師たちは食事の一回量を減らし回数を増やして夜間、少なくとも就寝前にも食べるように勧めたりした。
他の医師たちは血糖をより滑らかにコントロールすべく1回のPZIの量を減らして毎食前にレギュラー・インシュリンを追加注射するといった手段に訴えた。
これらの方法はいずれも短所があった。
速効性の結晶インシュリンと、極めて長い作用のPZIの間の中間的な作用時間をもったインシュリンは作れないものであろうか?
このようなはっきり限定された質問にははっきりした答を得やすいものである。
現在(当時)少なくとも三種の異なる型のインシュリンが作られ市販されていて、これらの皮下注射後の作用時間は結晶インシュリンとPZIの中間的なものである。
すなわち、グロビン・インシュリン、NPHインシュリンと、レンテ・インシュリンがそれである。
グロビン・インシュリンは1939年アメリカのウエルカム会社のバウロスにより発展させられた。
グロビンは赤血球の呈色物質であるヘモグロビンに含まれている蛋白である。
結晶インシュリンの作用時間はこれとグロビンを結合させることによって延長されることがわかった。
PZIと同じく少量の亜鉛を加えると作用時間がさらに延びるが、PZIほどは延びない。
グロビン・インシュリンの場合には血糖への働きは約20時間続くだけである。
医師の指導下に早朝グロビン・インシュリンを注射している糖尿病者は、朝食、昼食、三時のおやつと夕食を調整して日中の低血糖を防ぐことができる。
また夜は、注射したグロビン・インシュリンは作用が漸減し、夜間のインシュリン低血糖の危険は少なくなった。
患者にPZIを使用している医師たちの中には、グロビン・インシュリンの発見に先立って速効性の結晶インシュリンと緩効性のPZIを混ぜて注射することによってグロビン・インシュリンのような中間的作用をもったインシュリンはできないかと試み、ある程度巧くいっていた。
この方法にはしかし、批判があった。
市販のPZI製剤にはプロタミンが過剰に含まれていて、結晶インシュリンを加えた際、これと結合して、結晶インシュリンをPZIインシュリン化してしまうからであった。
1946年にデンマークのハーゲドルンと彼の研究グループはプロタミン・インシュリンにフェノールと微量の亜鉛を加えて、これを結晶させることに成功した。
過剰のプロタミンがないので、さらにインシュリンを加えても、それがPZI化することはなくなった。
こうして作られたNPHインシュリンは作用時間が中間的なもので、グロビン・インシュリンとはほぼ同じくらいであることは重要な点であった。
(次回に続きます)
参考書:インシュリン物語 G.レンシャル・G.ヘテニー・W.フィーズビー著 二宮陸雄訳 岩波書店 1965年発行
